昨日と今日、姫路市で「星なかまの集い〜天文楽サミット〜」が開かれた。
実はこの会、参加しようかどうしようかと迷っていたのだが、ネット上で知り合いになった重星の先達、「やっさん」ことYさんも行かれるということで、私も1日目のみ参加することにした。
Yさんとは姫路駅で待ち合わせることになったが、この日が初対面。改札口を出て、Yさんに電話をすると、すぐ目の前で私からの電話を受けている男性が眼に留まった。出会うまでは、どういうわけか、私のようにちょっと腹の出たオジサンを思い描いていた(笑)のだが、さにあらず、実にジェントルでスマートな方だった。
このサミットに先立って行われる姫路駅前の「街角観望会」には、まだ少し時間があったので、お城の方向に向かって、姫路の中心的な商店街である「みゆき通り」をYさんと散策した。話題は、今の季節になると気になる、シリウスBのこと。「お互い、なかなか確認できないですね・・・。」
お城の周りを少し歩いた後、そろそろ「街角観望会」の準備が始まっている頃かなと思い、駅前の広場にもどると、既に望遠鏡がズラリと並んでいた。なかには「大江山」常連のNさんの自作片側フォークなど、なじみの望遠鏡もあった。
スタッフの腕章をつけて、観望会の幟を組み立てておられたのは、以前、「大江山」によく来られていた「ドブ使い仲間」のFさんだった。彼は数年前から関東へ転勤されていたので、ひさしぶりの再会だった。それにしても千葉県からスタッフ参加か。すごいな。
「街角観望会」の会場は「みゆき通り」の入り口近くで駅前の人通りの多いところ、こんな繁華街の中で「観望会」をするのか、星なんてせいぜい2等星ぐらいしか見えないだろうに・・・、と思ったが、月と金星、木星に限定すれば、確かに問題はない。望遠鏡が並んでいるのを道行く人が物珍しげに見ていたが、観望会が始まると大盛況だった。駅前観望会、これも斬新なアイデアで「有り」だな。
私とYさんも一通り望遠鏡を覗いてまわったが、この日はことのほか寒く、どうにもその場に居続けることに耐えられなくて近くの喫茶店へ。
ホッと一息ついて、Yさんと「重星談義」でおおいに盛り上がったが、気がつくと、今夜のメインである「交流会〜アストロノミーパブ」の時刻もそろそろ近づいていたので、会場であるホテル姫路プラザへ向かうことにした。
さて、いよいよ交流会(アストロノミーパブ)。
乾杯の後、しばらく飲食して酔いがまわってきた頃、今夜のゲストである神戸大学の向井正名誉教授による「惑星Xについて+α」と題されたお話が始まった。
アストノミーパブって何なの?と思っていたが、お酒を飲みながら、教授に気楽に質問したり・・・まあ、フランクに会話をしながら楽しみましょうよ、ということか。最先端の天文学というアカデミックで高尚な話題とお酒とのギャップがちょっとオシャレというわけですな。
ふむふむ、「静かな軌道を保っていた太陽系外縁天体が惑星Xによって励起され・・・」しかし、私は燗酒がかなりまわってきていたので、注意を凝らして聞かなければ理解ができない。周りを見渡すと、パブというよりは、会場の誰も講義に集中して聞き入っているという感じだったが、興味深い話であったし、斬新な試みで、これはこれで良かったのではないですか。
向井教授の話が終わると、同席にいた松江星の会の方々(グループで参加されていました)と名刺交換して歓談した。
酔った勢いもあって、私は「星雲星団が絢爛たる交響曲だとしたら、重星は高貴なピアノソナタなのです。」などと自前の天体芸術論を臆面もなく嬉しそうに語ってしまったが、酒席の上ということでご容赦のほどを。重星好きは天文ファンの中でも少数派だから、つい熱がこもってしまったというわけです。
松江の人達はYさんにお勧めの冬の重星は?と質問されていたが、Yさんの答えは、145CMa、32Eri、ζOri。松江星の会の方々は早速、メモをしておられた。Yさんがお勧めしたのは、いずれも美しい星々なので、きっと重星が好きになられると思いますよ。
もう少しいろんな人と知り合いになりたかったのだけど、時間もなく、10時前には集合写真を撮って散会となってしまった。私はカプセルホテル泊だったので、ここのホテル泊まりのYさんとも再会を期してお別れ。誠実な感じの人だったな。
短かったけれど、充実した数時間でした。
2012年01月29日
2011年10月30日
惚たり恍たり其の中に象有り
さて、数日前に描いたスケッチからもう一題。M74について。

この銀河は、メシエナンバーの中では、最も難易度の高いもので、まだ高校生だった頃、友人と6cm級の屈折で見えた、見えない、でよく話題になったことを思い出す。
さすがに45cmでは見落とすことはないが、それでも淡いことにかわりはなく、確かにそこに存在していることはわかるのだが、はっきりとした形をとらえることはできない、まさに混沌そのものという感じ。前述のNGC891の優雅さとは対照的ともいえる。
しかし、実はこういう天体も私は好きなんですね。
「惚たり恍たり其の中に象有り(とらえにくくておぼろげだが、そのなかには象(かたち)がひそむ)」という老子の言葉がぴったりとくるような神秘的な銀河だと思う。
まあ、そういうのはあまりに天文学という科学とはほど遠い連想なのだけれど、そんなことを考えながら、この山奥で独り気ままにM74を見ていると、世の中の事を忘れそうになるというか、不思議に心が落ち着いていくのである。
この銀河は、メシエナンバーの中では、最も難易度の高いもので、まだ高校生だった頃、友人と6cm級の屈折で見えた、見えない、でよく話題になったことを思い出す。
さすがに45cmでは見落とすことはないが、それでも淡いことにかわりはなく、確かにそこに存在していることはわかるのだが、はっきりとした形をとらえることはできない、まさに混沌そのものという感じ。前述のNGC891の優雅さとは対照的ともいえる。
しかし、実はこういう天体も私は好きなんですね。
「惚たり恍たり其の中に象有り(とらえにくくておぼろげだが、そのなかには象(かたち)がひそむ)」という老子の言葉がぴったりとくるような神秘的な銀河だと思う。
まあ、そういうのはあまりに天文学という科学とはほど遠い連想なのだけれど、そんなことを考えながら、この山奥で独り気ままにM74を見ていると、世の中の事を忘れそうになるというか、不思議に心が落ち着いていくのである。
2011年10月28日
造化の妙
2011年10月24日
当たり前のことですが・・・
5月4日の記事で、Argo Navisをもってしても、膨大な重星のカタログに完全には対応しきれていないため、一部の星については、星図とファインダーで導き入れるしかない、という旨の事を書いた。しかし、別の方法があったことに、後日、気がついた。
それは、赤経、赤緯の機能を使うという手だ。要は、昔、目盛環を使って導入していた方法をナビでするわけである。
件のSISSY HAAS 女史の本には重星の赤経、赤緯のデータが載っているので、Argo Navisの操作モードを MODE RA DEC にして本記載の数値に合致させれば、それでいいのである。
この方法だと、重星の登録数が少ないスーパーナビゲーターでも簡単に導入できる。実際、私はArgo Navisをはずして、OHZUTSUに付け直し、20cm屈折のほうは、以前使っていたスーパーナビゲーターを取り付けたが、マイナーな重星をなんら不自由なく、ほとんどファインダーの助けなしで導入している。
何だ、そんなの当たり前のことじゃないか、という声が聞こえてきそうだが、私にとっては、コロンブスの卵だった!
PS ブログのタイトルとデザインを一新、フォトアルバムのOHZUTSU製作記も加筆訂正しました。当ブログは機材の話が多いので、今後は、観望した天体についての記事も書けるといいのだけれど・・・。
それは、赤経、赤緯の機能を使うという手だ。要は、昔、目盛環を使って導入していた方法をナビでするわけである。
件のSISSY HAAS 女史の本には重星の赤経、赤緯のデータが載っているので、Argo Navisの操作モードを MODE RA DEC にして本記載の数値に合致させれば、それでいいのである。
この方法だと、重星の登録数が少ないスーパーナビゲーターでも簡単に導入できる。実際、私はArgo Navisをはずして、OHZUTSUに付け直し、20cm屈折のほうは、以前使っていたスーパーナビゲーターを取り付けたが、マイナーな重星をなんら不自由なく、ほとんどファインダーの助けなしで導入している。
何だ、そんなの当たり前のことじゃないか、という声が聞こえてきそうだが、私にとっては、コロンブスの卵だった!
PS ブログのタイトルとデザインを一新、フォトアルバムのOHZUTSU製作記も加筆訂正しました。当ブログは機材の話が多いので、今後は、観望した天体についての記事も書けるといいのだけれど・・・。
2011年10月10日
メイド・イン・ジャパンを個人輸入する。
最近、パークス社のゴールドシリーズアイピース(35・30o)とアンタレス社のエリートプローセル(25・20・15・10・7.5mm)を購入した。これらはアッベ式アイピース級の像質を保ちながら、もう少し視野の広いアイピースがないものかとネット上で物色していて、米国のサイトで見つけたものである。
実はこれらは両社ともメイド・イン・ジャパンで、同じOEMの同じ製品のようだ。サイズはすべて31.7mmである。
パークスのはデカデカとマークがプリントされていて、上品な感じではなかったので、私は全てアンタレス社で揃えたかったのだが、同社からは30oと35oのは売られていないようである。
これらのアイピースの米国のネット上での書き込みを読むと、昔、日本国内で売られていた「マスヤマ」や、米オリオンのウルトラスコピックやバーダーのエディアスコピックとも同一品とのこと。しかし、ウルトラスコピックやエディアスコピックが現時点ではほとんど入手困難なようなので、パークスやアンタレスにしても、もう在庫限りということなのかもしれない。
見かけ視界は52度、35mmのみ49度で、いまどきのアイピースとしては決して見かけ視界が広いとは言えないが、コントラストは高く、スッキリしたとした感じでよく見える。全てが31.7oサイズというのもレンズ交換がしやすくてよい。
20センチF12アクロマートや20センチF4ニュートン(こちらはGS製2×EDバーローを付けて)で木星を見たが、とてもシャープだ。星団や重星を見ても非常にコントラストが高い。
以前はナグラーを愛用していた私だが、最近は見かけ視界が広いアイピースよりも像質の優れたアイピースに好みが変化してきたので、今回購入したアイピースは、ナグラーに替わって今後メインで活躍するアイピースになるだろう。
ちなみに、35mmのは31.7mmサイズのアイピースとしては、実視野が非常に広いので、(エディアスコピック35mmを)双眼装置に使っている日本のユーザーもいるようである。
2011年05月29日
なんとなく いなくなるつもり
何気なく一月遅れの天文雑誌(天文ガイド5月号)を読んでいたら、1962年に開催されたという流星観測者会議の古い写真に『・・・さる3月11日の東北地方太平洋沖地震の翌日に93歳で亡くなられた星図作りで知られる中野繁さんらの若き日の姿もあります』という藤井旭さんのコメントが小さく添えられているのを見つけた。
中野繁さんといえば、以前、このブログでもご紹介したことがあるが、少年時代より氏の著作に親しんだ私にとっては、あまりにも大きな存在であった。
私が星に興味を持ち、初めて手にしたガイドブックも中野繁さんの「四季の天体観測」だった。中学生の頃(もう四十年近くも昔だ!)、この本のファインディングチャートを見ながら、6cmの経緯台で初めてM27を捉えたときの興奮を今もありありと思い起こすことができる。
氏が亡くなられたことについて、もっと詳しく書かれてないのかな、と思って、雑誌の他のページを繰ってみたが、その写真の小さなコメント以外、どこにも記事は見つからなかった。本来なら数ページまるごと、氏の功績を書かれていてもおかしくない方なのに、もはや編集者も中野さんの著作で育った世代ではないということなのだろうか・・・。「中野繁 星」でググってみても、書店の書籍案内を除けば、中野さんについて書かれた記事としては、私の他には2、3の記事があるのみだった。
『なんとなく 星を見て、なんとなく いなくなるつもり』
1月1日の記事でも紹介した中野繁さんの恬淡とした言葉が、心に沁みる。
中野さん自身も「巨星墜つ」と騒がれることより、静かにさりげなく去ることを、きっと望んでいたのだと思う。
今夜は雨模様で、あいにく星を見ることはできないけれど、次に晴れた夜には、中野さんがこよなく愛された数々の重星を見ながら、星空の向こう側で優しく手を振っている中野さんに、私も静かに別れと感謝の言葉を告げたいと思う。
中野繁さんといえば、以前、このブログでもご紹介したことがあるが、少年時代より氏の著作に親しんだ私にとっては、あまりにも大きな存在であった。
私が星に興味を持ち、初めて手にしたガイドブックも中野繁さんの「四季の天体観測」だった。中学生の頃(もう四十年近くも昔だ!)、この本のファインディングチャートを見ながら、6cmの経緯台で初めてM27を捉えたときの興奮を今もありありと思い起こすことができる。
氏が亡くなられたことについて、もっと詳しく書かれてないのかな、と思って、雑誌の他のページを繰ってみたが、その写真の小さなコメント以外、どこにも記事は見つからなかった。本来なら数ページまるごと、氏の功績を書かれていてもおかしくない方なのに、もはや編集者も中野さんの著作で育った世代ではないということなのだろうか・・・。「中野繁 星」でググってみても、書店の書籍案内を除けば、中野さんについて書かれた記事としては、私の他には2、3の記事があるのみだった。
『なんとなく 星を見て、なんとなく いなくなるつもり』
1月1日の記事でも紹介した中野繁さんの恬淡とした言葉が、心に沁みる。
中野さん自身も「巨星墜つ」と騒がれることより、静かにさりげなく去ることを、きっと望んでいたのだと思う。
今夜は雨模様で、あいにく星を見ることはできないけれど、次に晴れた夜には、中野さんがこよなく愛された数々の重星を見ながら、星空の向こう側で優しく手を振っている中野さんに、私も静かに別れと感謝の言葉を告げたいと思う。
2011年05月04日
Argo Navis で重星を狙う。
10年前の私なら、「天体の導入は、星図とファインダーでするべき。ナビゲーターに頼るなんて、わざわざ宝探しの楽しみを捨ててしまう行為だ。」と息巻いていたが、歳をとってすっかりモノグサ親父になってしまった今はそんな意気込みはどこへやら、現在、OHZUTSUには、ナビゲーターとして、Argo Navis を装着していることは以前にも述べたとおりである。
ところで、この Argo Navis 、なかなかのすぐれもので、星雲星団だけでなく、重星の導入にとっても非常に使いやすいものである。なぜなら、この Argo Navis は、M,NGC,ICといったカタログのみならず、星の固有名や学名はもちろん、Σ,H,DUNLOP,β,OΣといった重星のカタログにも(つまり、SAO番号などに読み替えなくても)対応しているのだ。
この機能を活かさない手はない!ということで、重星用の望遠鏡としては、OHZUTSUよりも適している20cm屈折赤道儀に、この Argo Navis を接続してみた。
マウントの形式(ドブ→赤道儀)、ステップ数を変更して、実際に使ってみると・・・これは、いい!
例えば、おとめ座の星でいうと、明るい VIR GAMMA はもちろん、マイナーなところでは、VIR 72 、Σ1764といった星もそのままの文字入力で簡単に導入できるといった按配だ。以前にご紹介した SISSY HAAS 女史の DOUBLE STARS FOR SMALL TELESCOPE というような重星のリストみたいな本を持っていれば、星図なしでも次々と重星を視野に入れることが可能なのである。もっとも、この DOUBLE STARS FOR SMALL TELESCOPE に載っている重星がすべて Argo Navis に、データとしてあるのかというと、そうではなくて、例えばβ341とかはヒットしなかった。もしかして、β341に相当するΣのナンバーがあって、それならヒットするのだろうか?それともやはり、単にデータがないということなのだろうか?
まあ、そういうのは従来どおり、星図とファインダーで導入するしかないにしても、巨大な20cm屈赤を振り回して、100%手動導入していた以前の状態と比べるなら、ずっと楽だ。重星ファンでナビを検討されている方には、この Argo Navisを是非、お薦めしたいと思う。
2011年01月01日
中野繁さんのこと
10月14日の記事で「新標準星図」のことを少し紹介したが、著者の中野繁さんは、星図の他にも「星雲星団の観測」をはじめとする著作でも広く知られているところである。
中野さんの文体は、文学的な潤色は全くせず、実際に小望遠鏡で見えた状況をありのままに記述しているという感じなのだが、それがかえって、読者の想像を掻き立てることとなり、我々の世代の天文マニアは、氏の著作によって育てられたといっても過言ではないだろう。
ネットで氏のことを調べてみたら、本職はお医者さんとのこと。天文学者とかではなく、アマチュアだったのですね。氏が語った次の言葉が何とも印象的だ。
『医者はともかく、
星だけはどういうものか、
ずっと好きなんです。
なんとなく 星を見て、
なんとなく いなくなるつもり』
なんとなく・・・のくだりなんて、高僧の悟りの境地だな。私もいつか、こんな風に無心に星を見ることができたらいいなァ・・・。
中野さんの文体は、文学的な潤色は全くせず、実際に小望遠鏡で見えた状況をありのままに記述しているという感じなのだが、それがかえって、読者の想像を掻き立てることとなり、我々の世代の天文マニアは、氏の著作によって育てられたといっても過言ではないだろう。
ネットで氏のことを調べてみたら、本職はお医者さんとのこと。天文学者とかではなく、アマチュアだったのですね。氏が語った次の言葉が何とも印象的だ。
『医者はともかく、
星だけはどういうものか、
ずっと好きなんです。
なんとなく 星を見て、
なんとなく いなくなるつもり』
なんとなく・・・のくだりなんて、高僧の悟りの境地だな。私もいつか、こんな風に無心に星を見ることができたらいいなァ・・・。
2010年12月29日
レトロな望遠鏡のレストア
2010年10月14日
重星鑑賞のすすめ
前回、前々回の記事で重星がマイブームになっていると書いた。
そんなに重星はおもしろいか?
然り、星を純粋に「美」という観点で鑑賞するとしたら、重星こそ、その「美の究極」であると思う。
・・・とまあ、そこまで断定的な言い方は自分でもどうかと思うけれども、重星観望の場合、星雲星団を見るときのように視野全体を眺めるのではなく、中央の2、3個の星に意識を集中するので、一つひとつの星の個性(何と表情豊かなことだろう!)がストレートに心に伝わってくるのである。
さらに、華麗な星団、幻想的でときに神秘的な星雲や系外銀河と比べ、重星には凛として一つ突き抜けたような高貴な美しさを有しているとも言えるだろう。
だが、多言を労するより、まずはより多くの重星を見れば、私の言いたいことも理解していただけるだろう。
ということで、ここでは重星観望用の星図などをご紹介しよう。
@新標準星図(中野繁著)
この星図には重星についての解説が非常に詳細に書かれている。その意味で実質的には、日本唯一の重星ガイドブックと言えるかもしれない。私は30年以上前に買った第4版(昭和47年発行)と最近買った第14版(平成3年発行)の2冊を所有しているが、以前は朱色で印刷されていた記号などが、新しいものでは茶色で印刷されているため、弱めた赤色光のライトでも判読できるようになったのは嬉しい事だ。ただ、ちょっときつめに製本されているため、本をほぐさないと見開きの中央が見難い(北極星が見えなかった)のが問題だ。
とは言え、中野繁氏の解説は素晴らしく、重星観望用の星図の最右翼だと思う。
Adouble stars for amall telescope
BTHE CAMBRIDGE DOUBLE STAR ATLAS
Aはガイドブックで、星座別に重星がリストアップされており、データと数行のコメントが記されている。図の類は全く掲載されていない。
Bは星図だが、新標準星図に比べると1ページの実視界が広いので使いやすい。
私の現在の観望パターンは、Aで目星をつけておいた重星を、Bを見ながら導入するという方式である。
重星観望は、10センチ未満の小口径屈折の所有がアマチュアのスタンダードだった一昔前は、天文ファンの王道とも言えたが、望遠鏡の価格破壊が起こり、ドブソニアンなど大口径化が進んだ今の日本では、マイナーな楽しみになってしまった。
だが、天文趣味の本場とも言える米国では、上述の専門書が出版されていることから推察すると、どうもわが国とは事情も違うようだ。
重星の観察は比較的月や光害の影響を受けにくいというメリットがある。非常に味わい深い、重星観望を今再び、見直してみてもいいのではないだろうか。
そんなに重星はおもしろいか?
然り、星を純粋に「美」という観点で鑑賞するとしたら、重星こそ、その「美の究極」であると思う。
・・・とまあ、そこまで断定的な言い方は自分でもどうかと思うけれども、重星観望の場合、星雲星団を見るときのように視野全体を眺めるのではなく、中央の2、3個の星に意識を集中するので、一つひとつの星の個性(何と表情豊かなことだろう!)がストレートに心に伝わってくるのである。
さらに、華麗な星団、幻想的でときに神秘的な星雲や系外銀河と比べ、重星には凛として一つ突き抜けたような高貴な美しさを有しているとも言えるだろう。
だが、多言を労するより、まずはより多くの重星を見れば、私の言いたいことも理解していただけるだろう。
ということで、ここでは重星観望用の星図などをご紹介しよう。
@新標準星図(中野繁著)
この星図には重星についての解説が非常に詳細に書かれている。その意味で実質的には、日本唯一の重星ガイドブックと言えるかもしれない。私は30年以上前に買った第4版(昭和47年発行)と最近買った第14版(平成3年発行)の2冊を所有しているが、以前は朱色で印刷されていた記号などが、新しいものでは茶色で印刷されているため、弱めた赤色光のライトでも判読できるようになったのは嬉しい事だ。ただ、ちょっときつめに製本されているため、本をほぐさないと見開きの中央が見難い(北極星が見えなかった)のが問題だ。
とは言え、中野繁氏の解説は素晴らしく、重星観望用の星図の最右翼だと思う。
Adouble stars for amall telescope
BTHE CAMBRIDGE DOUBLE STAR ATLAS
Aはガイドブックで、星座別に重星がリストアップされており、データと数行のコメントが記されている。図の類は全く掲載されていない。
Bは星図だが、新標準星図に比べると1ページの実視界が広いので使いやすい。
私の現在の観望パターンは、Aで目星をつけておいた重星を、Bを見ながら導入するという方式である。
重星観望は、10センチ未満の小口径屈折の所有がアマチュアのスタンダードだった一昔前は、天文ファンの王道とも言えたが、望遠鏡の価格破壊が起こり、ドブソニアンなど大口径化が進んだ今の日本では、マイナーな楽しみになってしまった。
だが、天文趣味の本場とも言える米国では、上述の専門書が出版されていることから推察すると、どうもわが国とは事情も違うようだ。
重星の観察は比較的月や光害の影響を受けにくいというメリットがある。非常に味わい深い、重星観望を今再び、見直してみてもいいのではないだろうか。



